自分はおそろしいほどに、自分の部屋が好きである。
今、住んでいる家は親の家で、こりゃまた自慢だが、とてもいい家に住まわせてもらっている。
木の家、ログハウスってやつですか。
都会の人が憧れる、そのものって感じの家で、通りすがりの人もよく見てる。
そんな自慢は、どうだっていいんです。
どんだけ、なに言ったトコでしょせん親の家なんですから。
いい家だろうが、なんだろうが、自分は昔から、とにかく自分の部屋が好きだった。
20代半ばまで、狭いボロい社宅を転々としながら生き続けた。
ホントに狭かった。
大学から、20代半ばまで自分にあてがわれたスペースは3畳ですからね。
ミニマムの極みですよ。
そこには、作業するための机があり、そこで物を作り、本がひしめき、CDがならべられ、そしてそこで寝る。
ちょっとでも物が狂えば、物が散乱すれば、自分の居場所はないっていう、そんなところで生きていた。
でも、この狭さの極致のような部屋でも自分はこの空間が大好きで、大学が終わると、すっ飛んで帰っていった。
「あっちゃん、好きね~。ホントに好きね、自分の部屋」
と、よく言われたもんだ。
「襖がらって開けたら、あっちゃん!納まってるがな!」
って感じやな。って笑われたこともある。
確かに納まってた。
ぎゅうって、入ってた。
狭いでちゅう。
そう、別にいい家のいい部屋に限ったことではないんですよ。
自分の居る空間、自分の生きる空間は、狭かろうがボロかろうが自ずとオレ仕様になるんでしょう。
旅先でもそうだった。
しばらく滞在する部屋は、いつの間にか「オレの部屋」になっていて周囲を驚かせた。
驚かせるのが目的ではない。
ただ、ふら~って来た同宿の人が首をかしげる。
「あれ?俺の部屋と同じだよね?なんだ、ここ、なんかオマエの部屋になってんぞ。なに、オマエ暮らしてんだよ」
期間は限られているとしても、空間も限られてるとしても、その与えられた中で最大限、自分にとっての快適を優先したい。
無意識にそう思っているんだろうな。
キチンと片付いてるわけじゃない。
毎日、掃除してるわけでもない。
物も狂ってはいないが、それなりに乱雑になっていたりはするが、見事にまとまっているのだ。
自分の居る空間に自分の知らないものは何ひとつない。
つまり、自分が必要と感じ、必要としてる物があるだけだから、たぶん、まとまっているんだと思う。
センスもクソもあったもんじゃない。
ただ、物が並んでるだけ。
インテリア雑誌なんて見たこともねえ。参考にしたこともねえ。
でも、落ち着いてる。
なんて前置きはさておき、って、オイ、これ前置きかよ。
なげぇー、前置きなげぇー。
先日、読み終えた本。
一気に読めばあっという間の本であったんだろうけど、作業の合間にちょこちょこ読んでたら思ったより時間がかかった。
著者の津田晴美さんは、ハードの住まい・インテリアを提案するでなく、あくまでもソフト重視の方なんだろうな。
ソフト、つまり、そこで住まう人そのものの「生きる器」としての住まいやインテリアを提案する方。
読んでいて、おお新発見!眼からウロコ!ってことはなく、今まで自分が感じていたことがそのまま文章になっていて、自分の住まい方の再確認をしたような気がした。
生きるには当然「物」が必要なわけだが、その「物」の選び方、必要性、意味を読者に投げかけてくる。
結局は、「自分には何が必要なのか」それを問う本だった。
もし、答えられないとしたら、自分の生活スタイルと必要な物がまだ確立していないんだろうな、と思う。
この本の中で、心にストンと落ち着いたのは、「リネン」だった。
今まで、リネン=布巾だと思っていた。
女性雑誌やかわいらしい雑貨の本なんぞに、よく、リネン!リネン!って騒がれてて、なんで布巾一枚に騒いどるんじゃ、アホじゃろかと思っていた。
そしたら、違うね。
リネンって、高級な麻素材のことをいっていたんだね。
アホなのは、自分やんか。
へぇ~と思ったものは、すぐ試してみたくなる。
本の中では、高級なリネンのシーツのことが書いてあった。
どんなもんなんだ。
さっそく近所の布屋で麻布を買ってシーツと枕カバーを作ってみた。
毎晩、「ん?ん?こういうものなのか?いや、なんかもうちょっと違うでしょう」
って感じながら寝る。
感じる前に、んごーんごーいってるんで、たぶんなんだっていいのかもしれない。
でも、このシーツと枕カバーが、いづれ、何かになって現れる日を楽しみにしているのだ。
触り心地はいいけど、ボア素材のシーツ、いたんだら捨ててしまう。
そのボア素材から何か作ろうと感じるほどの魅力は、くたびれたボア素材にはない。
しかし、知ってる人は知ってると思うし、気付いてる人もいるかも知らんが、麻布っていうのは使い込むほどに味の出る素材なのだ。
しっかりとした木綿もそう。
つまり、いま自分の寝てるシーツが、いつの日かガクブチのマットやガクブチの素材として使われるのだ。
楽しみである。
なんてことを考えながら、年賀状、間に合わんな。
こんなん、長々書いてる場合じゃないでしょう。
これから、仕事だよ。
今年も店を閉めます。
この店に来てからの恒例になっている。
一年の終わりをここで過ごすのは好きで、閑散とした店が、寂寥感ではなく何かひらかれたものをいつも感じさせてくれる。