さらば、技専
まとめ。
上松技術専門校、怒涛の1年。
荷物を4月からの新天地に移動させ、自分だけは家に帰ってきて、ぼちぼち3日が経過しようかとしている。
大慌てで何かするほどのこともなく、でも、暇で暮らしているわけにもいかず、なんなの、この宙ぶらりん感。
そんなときに思うのは、技専での日々であったりする。
春の頃。
はじめて見る道具の数々に、戸惑いを隠せない。
「はい、白書き出してー」
といわれてるのに、なぜか手にしてじっとしてるのは、自由定規だったり。
おいおい、それじゃないでしょーって。
砥石が可愛くて大切で、部屋に持って帰って畳の上に並べておいたら、畳がカビてやがって、それ以来扱いが雑になったり。
なんやかんやの行事が多かったのも、この春から初夏にかけての頃。
林業体験、体育行事、勝手な暴飲。
などなど。
夏の頃。
仲間と出かけてたことが、思い出。
開放的な気分をより上昇させる、そんな背景に流れてた音楽。
いまになってあらためて聴くと、あの日々のカラリとした空気や熱気が、きちんと甦る。
秋の頃。
夏を経て、これからの行く先がおぼろげに見え、身も心もひとまず落ち着いたかな。
そんななかで制作に没頭。
確かに充実してた。
冬の頃。
いよいよフィナーレに向けて、ガクブチと完全に向き合う。
こんな学校での時間と同時に、寮での時間が同時に進行していた。
周囲の仲間からいわせると、自分は、がらりと変わったらしい。
春・初夏の頃は、寮内あちこちに出没しては大騒ぎしていたのが、ある時期を境にぱたりと姿を見せなくなったと。
そうなのだ。
いつ、と断定できないが、気づいたら部屋にこもって過ごす時間が寮での大半になった。
部屋で、ただひたすら音楽を聴く2時間3時間が至福で、悦だった。
ある日、ほとんどの人が外出してるとき、最後に残っていた人達が日暮れととも出かけていく姿を部屋から眺めていたとき、身震いするほどの「自分ひとり」を感じていた。
でも、ひとりという本気の実感はなかった。
学校に行けば大騒ぎする仲間がいて、話したいときに、話したい人のそばに行けば、受け入れてもらえた。
自分の時間と、人と過ごす時間が、うまい具合に分離しつつも絡み合っていた。
だからなのか?
この1年は、激しくも、静かにも、充ちていたし、その両方があっての1年だった。
どちらかだったら、いま、終えての「充ち」は、ちょっと違うものだったかもしれない。
そんな技専での毎日は、技術を学ぶ「有」的なものだけでなく、何も無いような「間」の存在があってこそだったのかもしれない。
ものを作る意識と、そこに生まれる少しさめた距離。
それは決してネガティブな空間や間ではなく、充ちてたからこそ知りえた感覚のような気がする。
これから、何年、何年と時間が積み重なっていくなかで、ここでのこの感覚がブレないまま、ものを作り続けていくことは理想。
そしてまた、みんなと会うんだろうな。
動き続ける原動力をここでもらった。
動き続けていたら、きっとまた、みんなと会える。
ありがとう、技専。
さらばじゃ。
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