ときに廃墟
ある期間をおいて、ふと、興味が甦るのが「廃墟」。
無類の廃墟マニアというわけではないので、常にではない。
そんな自分が久々に、そそられる廃墟。
「軍艦島」
名からして、廃墟たる堂々とした佇まいを感じずにはおれん。
廃墟好きは今に始まったことではない。
むしろ、ベーシックな部分で深く関わりがあるというか、廃墟的なところが自分の遊び場だった。
生まれ育った横浜は、整備されず手付かずの土地や建物がぽつぽつと残っていた地域だった。
東京のような過密さもなく、かといって郊外ほどの空間もなく。
でも、子供ひとりに与えられる空間は充分だったような気がする。
街は未来に向けて日々動いているのだが、それと同時に忘れ去られたがごとく手付かずの荒地が点在していて、それが魅力で子供の時分は、そんな荒地で不自由なく遊んでいた。
しかし、そんな荒地も年月の経過で徐々に整備されると、そこはえらい無機質で平坦なたんなる公園になんぞなり果て、幼い頃のワクワクは潰されてしまった。
廃墟の魅力は、こんな過去の記憶をとどめてる場所で、もちろん自分には無縁の場所であっても、真髄でつながってるような気がしてならないのだ。
廃墟というと、心霊スポットなんて言われて好奇な目で見られがちだが、そもそもは普通に機能していた建物であったり土地。
なわけで、当然そこには形跡がある。
人が暮らしていた跡、人が働いていた跡。
なんらかの原因で、崩壊した跡。(自然風化でなしに、戦争の負の遺産)
そんな形跡に、自分の過去をあてはめる。
実に懐古趣味的ではある。
が、きっと、無くなったものに対する敬慕の念なのかもしれない。
「ある」ものだけに目を奪われて生きてるような人からすれば、廃墟は「無」だ。
でも、自分のような「無」になんらかの意味を感じずにはおれん人からすると、廃墟は「ある」のだ。
「ある」の塊り。
軍艦島かあ。
行ってみたいなあ。
と思ったら、あら、やだ。
ツアーなんぞ出ちょるに。
おまけに世界遺産登録に向けて頑張ってるんじゃない。
そんなことしたら、観光客で溢れてしまうやないか。
そうなる前に、行っておきたいところ。
でも、遠い。
長崎だって。
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