« 2009年2月 | トップページ | 2009年4月 »

2009/03/31

出発

いよいよ、出発でございます。

明日、4月1日。吉日。

日も良いので、急遽、この日に行くことが決定。

いつでもいいからといって、いつでもいつでも、なんていってると、いつ行くんじゃいということになるんで。

荷物もほぼ積み終わり、あとはこのブログを書いたらパソコンも回線からはずし、部屋を片付けて終了。

学校が終わってしばらく後の空虚感とは違う、なんだろこれやっぱ寂しいのかな?
そんな空気につつまれてます。

先ほど、ここ長野、佐久での仕事場だった本屋にも挨拶に行ってきた。

学校に行っている1年間は、佐久に戻ってきていても1回も顔を出さなかった。

きっと、いつでも行けるやって思ってたから。

でも、明日、ここを離れると、果て、いつ戻ってくるんやろ?

ならば、行っておかねば。
そう思ったのだ。

お世話になったところだからね。

このブログの名だって、本屋で働いてたからこその名だし、いま、本屋じゃないのに、「アズヲ書店」。

それだけ愛着があったんです。

あちこち寄り道して、まわり道して、やっと、ここまで来た。

脱線してるようで、でも、みんな、今につながってるんだわ。

本屋で、お世話になった方々とお話ししながら、しみぢみした。

明日、ヘボ吉くんの二代目と一緒に新天地に向う。

初の遠距離運転。(ダイジョブか、暴走しそうだぞ)

初のひとり暮らし。
だっていうのに、いきなり空き家リフォーム。

ハードル高いねえ。

ま、頑張るしかないでしょう。
あれもこれも、自分で選んだ道やし。

いくしかないでしょう。

|

2009/03/29

ときに廃墟

ある期間をおいて、ふと、興味が甦るのが「廃墟」。

無類の廃墟マニアというわけではないので、常にではない。

そんな自分が久々に、そそられる廃墟。

「軍艦島」

名からして、廃墟たる堂々とした佇まいを感じずにはおれん。


廃墟好きは今に始まったことではない。

むしろ、ベーシックな部分で深く関わりがあるというか、廃墟的なところが自分の遊び場だった。

生まれ育った横浜は、整備されず手付かずの土地や建物がぽつぽつと残っていた地域だった。

東京のような過密さもなく、かといって郊外ほどの空間もなく。

でも、子供ひとりに与えられる空間は充分だったような気がする。

街は未来に向けて日々動いているのだが、それと同時に忘れ去られたがごとく手付かずの荒地が点在していて、それが魅力で子供の時分は、そんな荒地で不自由なく遊んでいた。

しかし、そんな荒地も年月の経過で徐々に整備されると、そこはえらい無機質で平坦なたんなる公園になんぞなり果て、幼い頃のワクワクは潰されてしまった。


廃墟の魅力は、こんな過去の記憶をとどめてる場所で、もちろん自分には無縁の場所であっても、真髄でつながってるような気がしてならないのだ。

廃墟というと、心霊スポットなんて言われて好奇な目で見られがちだが、そもそもは普通に機能していた建物であったり土地。

なわけで、当然そこには形跡がある。

人が暮らしていた跡、人が働いていた跡。
なんらかの原因で、崩壊した跡。(自然風化でなしに、戦争の負の遺産)

そんな形跡に、自分の過去をあてはめる。
実に懐古趣味的ではある。

が、きっと、無くなったものに対する敬慕の念なのかもしれない。

「ある」ものだけに目を奪われて生きてるような人からすれば、廃墟は「無」だ。

でも、自分のような「無」になんらかの意味を感じずにはおれん人からすると、廃墟は「ある」のだ。

「ある」の塊り。


軍艦島かあ。
行ってみたいなあ。

と思ったら、あら、やだ。
ツアーなんぞ出ちょるに。

おまけに世界遺産登録に向けて頑張ってるんじゃない。
そんなことしたら、観光客で溢れてしまうやないか。

そうなる前に、行っておきたいところ。

でも、遠い。

長崎だって。

|

2009/03/28

祝☆のまど

1年間、面倒みてやってください。
よろしくお願いします。

ということで、去年の3月から「旅の本屋のまど」に、ガクブチと旅中に描いたスケッチのポストカードを置いていただいている。

学校卒業したら、引き取りにあがりますという約束だったので、先日そんな連絡をしたら

「まだ、置いておいてもいいよ」

とのこと。

おお~、ありがたい。

さらに

「ガクブチ1つ売れたよ」

うおお~。
知らぬ間にガクブチ売れてるやんか~。

ありがたい、ありがたい。

このまま、持って帰ってきてしまっても、またしまわれてしまうだけ。
お言葉に甘えて、「のまど」に置いておいて頂こう。


さて、「旅の本屋のまど」

吉祥寺から、西荻窪に移転して、お店の雰囲気もだいぶ変わりました。

以前の旅行代理店の一角というわかりにくさで、知る人ぞ知る本屋だったのですが、いまは、路面店。

「旅」だけでなく、旅に関るちょっとしたこと、たとえば雑貨や暮らしに興味がある、そんな女性もたくさん来るような本屋になりました。(と思う)

客層がひろがり、そんな空間に自分のガクブチを置いていただけるというのは、非常にありがたく、のまどサマサマなんです。

中央線沿線沿いは、どの駅で降りても個性的で、西荻窪も味があります。

買い物のついで、散歩の途中など、お近くにお越しの際は、ぜひお寄りくださいませ。

学校に通う前の、アズヲ・ガクブチ。
その現物が置いてあるのは、唯一ここだけです。

「旅の本屋のまど」は、こちらからどうぞ。

|

2009/03/27

あたま栗坊

くだらないことで、どうだっていいんです。こんなこと。

でも、書きたい。

先日、久々に髪を切りにいったら、またもアタマが栗坊になってしまった。

中途半端に「切ってください」と頼むと、こうはならない。

が、しかし、「いっぱい切ってください」と頼むと、なぜか栗坊になる。

30を越え、いいのか、栗坊で。
と思うが、なっちまったもんは仕方ない。

大人、いやいや中年に向っていく歳で、このアタマはないやろ。
とも思うのだが。


髪を極端に短く切れるような気持ちになったのは、8年前のインドからだ。

それまでは思い込みか、なんなのか、なんとなく長いほうがいいのかもしれない。
ということで、意味もなく長かった。

インドを契機に切ることに抵抗がなくなり、その結果が、まあ栗坊なんだが(それもどうだか)、短いアタマの自分と長いアタマの自分は、当たり前だが雰囲気が違う。

どうやら、その雰囲気の違いが、本人ひとり勝手に楽しいらしい。
鏡の前に立つ時間も増える。(←アホ)

また数ヶ月たつと、無造作にただ伸びただけの長いアタマになるのだが、これが中途半端ゆえに、けだるいのだ。

無秩序ゆえに、意図も感じられない。

そんなアタマが自分は好きで、そうだな、学校にもそんな奴らいっぱいいたな。
って。

どうでもよくなってるアタマというのは、まあ人によりけりなんですが、魅力的でもあるんです。

|

2009/03/26

不動継続

ここにきて、やたらまめにブログる。

のには、わけがある。

またも、パソコンのない生活が始まるのだ。

あと数日で、いま使ってるこのパソコンのネット環境も解約。

新天地で、リフォームが終わって、それなりに生活が回るようになって、それからだと思う。
ネット環境が整うのは。

そんなで、学校は終わっても、まだ不動。

ガクブチのサイトも、ブログも。

学校で作ったガクブチやら、ひょうたん坊ややら、いろいろアップしたいけど、それもしばらく無理。

ブログ、いつになったら、コメント欄生き返るの?

と訊かれるも、まだ無理。

ブログは、また携帯からの投稿になるので、これはしんどいので、また、まれになりそう。

でも、せっかくのリフォームやし、こんなことになってますと、投稿したいもんだが、果たしてそこまで気力体力まわるか。

必死そうなのよ、リフォーム。

というわけで、なかなか動き出さないネット関連ですが、本人は動いてますんで。

変な方に行かなきゃいいけど。

|

2009/03/24

4月より

いまは、暇なんです。
いまは。

4月から、ようやく動き出すわけなんですが、いきなりガクブチではなく、いきなりリフォーム。

古い家を改装して住むっていうのは昔からの夢で、でも、それはあまりに漠然としていたものなのに、ここにきて急に現実のものになると、なんかかえって現実味わかねえな、みたいな。

だけど、とても楽しみ。

これから暮らす村は賃貸のアパートがなく、さてどうしようか。
となったときに、この案しかなかったのだ。

憧れとか、理想のうんちゃらとかいってる場合ではない。
とにかく暮らす場を確保しなくては、ガクブチ作るも何も始まらない。

予定では、1~2ヶ月でなんとか暮らせるように。

といっても、自分では何をどうしていいやら。

「まず、コンクリで固めてー、ここは床はり直してー。
そっくりここは作り直した方が早そうだ。
窓つければ明るくなるし」

着々とあたまにリフォームの構想を練っているのは、これからお世話になる技専の先輩。

「ガクブチ作りたい!ガクブチ作りたい!」

と大騒ぎしていた自分に、技専の先生が紹介してくださったかたなのだ。

もちろん、額縁を作っているかたなのだが、それだけでなく内装も手がける。
額縁同様、作り手の世界観がきちんと息づいた内装は、中途半端に当てはめた不要なものがなく、実にまとまりがある。
どっしりとした落ち着きと、自然の風合いと、でも、土臭くなりすぎず、洗練された空間。
それらは、繊細な心持ちがあらわれた魅力溢れるものなのだ。

ここで学びたい。
吸収したい。

何度か、その人のもとに通い、語り、結果としては学ばせていただくことになった。

師匠と弟子というわけでなく、かといって雇われるかたちでもなく、先生と生徒というでもない。

あくまでも、先輩であり、自分は後輩なのだ。

先輩は

「アズヲさんだよー」

と、いろいろな人に紹介してくれる。

そう、なにがしという肩書きを持ってではなく、一個人として、「アズヲ」として。
非常にありがたい。

そんな先輩の号令でリフォームが始まる。

自分は周りであたふたしてるだけだろうけど、地味にチコマカよく働く。

大丈夫?っていわれるようなトコにも、へーきへーきって、ずんずん入っていく。

技術はなくとも、そこはとことん労働でカバーする。

リフォームが終わったあかつきには、いろいろな人が自然と出入りできるような風通しの良い空間にしたいなと思う。

来たい人が来て、そこが来やすい空間であれと。

これからお世話になる人たち。
いままでの仲間たち。
旅の仲間、技専の仲間。

みんなにとって、居心地の好い空間になれば本望。

とりあえず、済んだら声かけます。

って、でも、一体どこまで声かけたらいいものやら。

まあ、寒くなる前に来ていただけるよう頑張りますから。

|

2009/03/23

さらば続き

なんやかんや、さらば続きの日々。
寂しいじゃないか。
こんちくしょーめ。

今日は、我が愛車ヘボ吉くんとの別れ。

ここ長野に来て、ワタクシの足となり、ボデーとなり、ワタクシを守ってくれた大切な車。

いやー、それにしてもヘボかった。
ゆえに愛着もわく。

オートマなのに、エンスト。
交差点でいきなり、エンジン止まってるし。

ギアRに入ってるでしょ。
なんでバックしないの、コラ。

お互いのコミュニケーション、全く図れず。
ゆえにかわゆい。

こんなヘボ吉くんとのお付き合いは約6年。
もっと長く続くだろうと思っていたし、もっとずっと「ヘボいー!」っていいながら乗り続けたかった。ワタクシが。

でも、学校行ってる間に車検がきれ、そうすりゃ乗ることも不可能になり、必然的にいたむ一方。
で、いたんでいた。

これからの新天地での生活を考えると、果たして、こんな車で大丈夫なのか?と。

自分で薪運んだり、道具や材料や荷物運んだり。
4月、向こうに移ってまずすることは、ガクブチではなく住む家のリフォーム。

そんなこれからのことを考えて、結局、ヘボ吉くんは手放さざる状況になってしまったけど、やはり離れるのは寂しいのだ。

朝、起きてから、てけてけとヘボ吉くんの前へ。

相変わらず、ぼや~っと突っ立ってる感じのヘボ吉くん。
で、ちょこんとしてる。

決して、かっこよくはない。
でも、これがワタクシの愛車だったのだ。
素晴らしい車だった。

久しぶりに、運転席にかけてみる。
ん~、コンパクト。
無駄がない。

この空間の狭さ。
たまらんねえ。

次に自分の元にくるのは、ワンボックス。
荷物を積むという条件で選んだから、それで仕方ない。
なもんで、小さくはない。
ヘボ吉くんのような、コンパクトさには欠ける。

お写真を撮る。
記念に何枚か。

そして、さわる。

6年間、ご苦労様でした。
ありがとう、ヘボ吉くん。

さらばじゃ。

ん~、さらば続き。
正直、しんどい。

|

2009/03/22

さらば、技専

まとめ。

上松技術専門校、怒涛の1年。

荷物を4月からの新天地に移動させ、自分だけは家に帰ってきて、ぼちぼち3日が経過しようかとしている。

大慌てで何かするほどのこともなく、でも、暇で暮らしているわけにもいかず、なんなの、この宙ぶらりん感。

そんなときに思うのは、技専での日々であったりする。


春の頃。

はじめて見る道具の数々に、戸惑いを隠せない。

「はい、白書き出してー」

といわれてるのに、なぜか手にしてじっとしてるのは、自由定規だったり。
おいおい、それじゃないでしょーって。

砥石が可愛くて大切で、部屋に持って帰って畳の上に並べておいたら、畳がカビてやがって、それ以来扱いが雑になったり。

なんやかんやの行事が多かったのも、この春から初夏にかけての頃。

林業体験、体育行事、勝手な暴飲。
などなど。


夏の頃。

仲間と出かけてたことが、思い出。

開放的な気分をより上昇させる、そんな背景に流れてた音楽。

いまになってあらためて聴くと、あの日々のカラリとした空気や熱気が、きちんと甦る。


秋の頃。

夏を経て、これからの行く先がおぼろげに見え、身も心もひとまず落ち着いたかな。

そんななかで制作に没頭。

確かに充実してた。


冬の頃。

いよいよフィナーレに向けて、ガクブチと完全に向き合う。


こんな学校での時間と同時に、寮での時間が同時に進行していた。

周囲の仲間からいわせると、自分は、がらりと変わったらしい。

春・初夏の頃は、寮内あちこちに出没しては大騒ぎしていたのが、ある時期を境にぱたりと姿を見せなくなったと。

そうなのだ。

いつ、と断定できないが、気づいたら部屋にこもって過ごす時間が寮での大半になった。

部屋で、ただひたすら音楽を聴く2時間3時間が至福で、悦だった。

ある日、ほとんどの人が外出してるとき、最後に残っていた人達が日暮れととも出かけていく姿を部屋から眺めていたとき、身震いするほどの「自分ひとり」を感じていた。


でも、ひとりという本気の実感はなかった。

学校に行けば大騒ぎする仲間がいて、話したいときに、話したい人のそばに行けば、受け入れてもらえた。

自分の時間と、人と過ごす時間が、うまい具合に分離しつつも絡み合っていた。


だからなのか?
この1年は、激しくも、静かにも、充ちていたし、その両方があっての1年だった。

どちらかだったら、いま、終えての「充ち」は、ちょっと違うものだったかもしれない。


そんな技専での毎日は、技術を学ぶ「有」的なものだけでなく、何も無いような「間」の存在があってこそだったのかもしれない。

ものを作る意識と、そこに生まれる少しさめた距離。

それは決してネガティブな空間や間ではなく、充ちてたからこそ知りえた感覚のような気がする。


これから、何年、何年と時間が積み重なっていくなかで、ここでのこの感覚がブレないまま、ものを作り続けていくことは理想。

そしてまた、みんなと会うんだろうな。

動き続ける原動力をここでもらった。

動き続けていたら、きっとまた、みんなと会える。


ありがとう、技専。

さらばじゃ。

|

2009/03/08

旅上

終わるのに、終わるという実感があまりわかない。

旅の終わりのような、妙な浮遊感なのだ。

半年のトルコの旅も、一年の大陸移動の旅も、特別な幕切れや決定的な終わりを示す動機もなく、あまりに自然に退いていることが、やはり浮遊してる何かを感じていた。

途中々々の小さな出来事のほうが、凝縮した寂しさだったり、強烈な楽しさを感じていたような気がする。

なのに、それらをひとつにまとめてひっぱってきた「終わり」というものは、漠漠と大きすぎるのだろうか?かかえきれていないのだろうか?

なんだか、とりとめなく、ぼんやりとして、小さな出来事のような鮮烈さがない。

ここでの一年も、そんなだ。

目の前の山の景色。

「小川」という名の轟音川。

美しい音楽と何もしない時間。

カンナに刃を仕込む音。

ゲンノウでノミを叩く音。

壁打ちのぽこぽこ音。

ときおり、奇声。

自分を取り巻く空間に満ちている音が、ここでの生活の一部で、それらは「かたち」ではない。

確実に掴めるものではないけど、たしかに「在る」という実感。

こんなのの積み重ね。

だから、旅の感覚と近い。

何年も時間が過ぎたとき、ふと思い出すのは、そんな、ぼんやりとした輪郭をなぞるようなものなのかもしれない。

|

« 2009年2月 | トップページ | 2009年4月 »